「アーセナルの前後半での変化」と「スパーズのゴールキック」。アーセナル 対 トッテナム レビュー【2019/20 プレミア第4節】
激戦必至のノースロンドンダービーが早くも第4節で実現。
文字通りの激戦となったこの試合について、2つのポイントに注目して振り返る。
おなじみの激しさとなったノースロンドンダービー
試合結果
2019/09/01 プレミア第4節
アーセナル 2ー2 トッテナム
10’ エリクセン
40’ ケイン(PK)
45’ ラカゼット
71’ オーバメヤン
強気に4-3-3を選択したアーセナル
アーセナルはこの大一番でラカゼット、オーバメヤン、ペペの3トップをスタートから採用。中盤にはゲンドゥージ、ジャカ、トレイラを並べた。スタメンも予想されたセバージョスはベンチスタート。
対するトッテナムは4-2-3-1とし、負傷者などの影響でスタメンが読みにくかった右SBにはCBが本職のD・サンチェスを起用した。新加入のエンドンベレは負傷により欠場。
前後半で変わった流れ
試合は、序盤からダービーらしいインテンシティーの高い内容に。スパーズが速攻やカウンターなどの縦に早い攻撃を仕掛ける狙いを見せると、ゴールキックからの流れで早くも9分に先制。
その後はアーセナルがボールを保持する場面が増えるもゴールは脅かせず、39分にはジャカがペナルティーエリア内で不用意なファールによりPK献上。これでスパーズが前半のうちに2点リード。
ホームで劣勢となったアーセナルは前半ロスタイムにラカゼットが巧みなボールタッチと強烈なシュートにより1点返し、息を吹き返してハーフタイムへ。
後半はより一層押し込み続けるアーセナルに対し、守りながらもカウンターを狙うスパーズ。すると70分にゲンドゥージとオーバメヤンの阿吽の呼吸によりゴールネットを揺らして同点に。
そのまま激しさが90分間続いたダービーは引き分けに終わった。
前半と後半のスタッツ
データ引用元:SofaScore
前半と後半でスタッツは大きく異なる内容に。
前半はボール支配率とシュート数はほぼ互角ながら、枠内シュート数は3本と7本でスパーズが圧勝。スパーズの質の高い攻撃が際立った。
対して後半に入ると、ビハインドのアーセナルが押し込み続け、後半だけでシュート17本。しかし枠内シュートは5本にとどまり、1点を返して同点が精一杯となった。
それでは、この試合の行方を左右した2つのポイントである「スパーズのゴールキックの狙い」と「アーセナルの前後半での変化」について深堀りしていきたい。
【ゴールキック分析】スパーズの前進の狙い
この試合のポイントの1つがスパーズのゴールキックからのリスタートにおける攻防。前から積極的に奪おうとしたアーセナルに対してスパーズがどんな工夫をしてどのくらい有効だったかを確認していきたい。
ゴールキックのみならず、流れの中でGKがボールに関与するシーンでもアーセナルが前から奪おうとしたシーンはあったが、より両チームともに意図したポジショニングを取り再現性が高くなる「ゴールキック」からの流れのみを対象にする。
ゴールキック時のポジショニング
スパーズのゴールキック時の両チームのポジショニング
スパースのゴールキックでは、新ルールを活かしてペナルティーエリア内でGKの左右にCB2人とも並ぶ形。両SBは左右いっぱいに開き、ダブルボランチは縦関係や斜めの立ち位置を取った。前線では、ケインの空中戦のセカンドボールを回収するためにソンやラメラが内側に寄りつつ、ソンは左サイド奥のスペースも狙う。エリクセンはやや左サイド寄りで空いているスペースに嫌らしくポジショニング。
対するアーセナルは、前からハメてボールを奪おうとする狙い。ラカゼットは下がり目のボランチをケアし、オーバメヤンとペペは内側に絞ってペナルティーエリア内のCBにプレスをかける。3センター左右のトレイラとゲンドゥージは中央とサイドの両方を意識した立ち位置を取りつつ、SBにパスが出たら寄せる狙い。
ゴールキックの主なパターン
スパーズのゴールキックの主なパターン
スパーズがゴールキックで見せたプレーは主に4パターン。
- ロリスが直接前線へロングボールを蹴る
- CBなどと1,2回ショートパスを繋いでから前線へロングボールを蹴る
- 主に左サイドからショートパスを繋いで突破を狙う
- ロリスからSBへのロブパス
この試合でスパーズのゴールキックは全部で15回。それぞれのゴールキックのパターンとどちらのボールになったか(空中戦などはセカンドボールの行方で判断)を整理してみるとこのように。
ゴールキック15回のうち、前線へロングボールを蹴ったのは全部で10回。GKが直接蹴るパターンと少し繋いでから蹴るパターンに分けるとそれぞれ5回ずつ。
ロリスが直接前線へロングボールを蹴るパターンでは、試合終盤の77分と87分にはリスクをおかさずにこの形を選択したことが伺えるため、実質的にメインで狙っていた形は「ショートパスを繋いでからロングボール」と「ショートパスを繋いで突破」の形ではないかと考えられる。
そして試合序盤の5分、9分、12分には、いずれもゴールキックの流れからファイナルサードまで前進することに成功しており、9分はまさしくスパーズの先制点のシーンである。
スパーズのゴールキックの狙い
スパーズがCB2人をペナルティーエリアに入れた形から始めたのは、必ずしもショートパスを繋いで突破することが最優先であったわけではないのではないだろうか。
前から奪おうとするアーセナルの陣形を縦に間延びさせた状態で前線にロングボールを入れるためであり、実際にそれが試合を通して効果的であったように思える。
前線でのロングボールの競り合いではケインやソンとアーセナルのDFラインが五分五分の勝率であったものの、スパーズがセカンドボールを拾って攻撃につなげたシーンも多く、もしセカンドボールがアーセナルに渡ったとしても、スパーズはDFラインが揃っている状態で守れるため、リスクの少ない中でも自分たちのストロングポイントである速攻をある程度出しやすい形であったと思える。
また、同じパターンのみであるとアーセナルは前から奪おうとする意識を弱めればいいものの、スパーズは「ショートパスを繋いでミドルゾーンまで前進していく形」も見せていくことで、アーセナルが対応しづらい状況を作り出すことに成功していた。
スパーズのゴールキックからの前進は、この試合でスパーズが攻撃の形を作るためのひとつのポイントであったと言えるだろう。
【おまけ】ゴールキック以外での後方からの前進
具体的に集計していないものの、ゴールキックではなく流れの中でGKから繋ぐシーン(キャッチしたあとやビルドアップでボールを下げたあと)では、D・サンチェスへのロブパスも結構多い印象であった。
ゴールキックの流れからのロングボールでは中央もしくは左サイド方向が多かったのに対して右サイド方向であったのは、ロリスが左利きであることも影響しているかもしれない。
【パスソナーによる分析】前後半でのアーセナルの変化
もうひとつの試合のポイントとなったのはアーセナルの前後半での変化。その要因のひとつは中盤の構成の変化と言えるだろう。
中盤3枚の前半のポジショニング
前半のアーセナルの中盤3人のポジショニング
守備時は3センターのように振る舞ったアーセナルの中盤であるが、敵陣でのボール保持時はかなりいびつなポジショニングのバランスに。
トレイラはあらかじめかなり高い位置を取り、サイドからクロスが上がるようなシーンではペナルティーエリア内まで積極的に入る動きを見せた。ゲンドゥージは左サイド際でボールを持ちたがる傾向がこの試合でも出て、それがアクセントとなってオーバメヤン、コラシナツとの連携により左サイドから攻撃の形を作っていった。
ゴール前まで運ぶ形が一定数作れていたものの、気になったのはトレイラのポジショニング。位置が高すぎてビルドアップへの貢献は少なく、ゴール前のシーンでも枚数としては脅威を与えたかもしれないが、実際にペナルティーエリア近くでボールに関与したシーンはわずかだろう。
そしてこの状態でスパーズにボールが渡ると、アーセナルの右サイド(スパーズの左サイド)はがら空きであり、ソンやエリクセンらに自由にスペースを使われてピンチを招くこととなった。
アーセナルの前半のパスソナー
それでは、パスソナーを使って、アーセナルの前半のパスの特徴を確認してみたい。
パスソナーとは、
チーム全体で「どの場所でどの方向にどのような頻度でパスを出したか」を示したインフォグラフィック
である。
詳細はこちらの記事を参照
今回は、パスの距離は意識せずに集計。そのため、ソナーの長さはその方向のパスの回数の多さのみを表す。
なお、チームとしての狙いや守備側の守備のハマり具合などを確認する目的で、成功したパスだけでなく失敗したパスも集計対象にしている。
アーセナルの前半のパスソナー
【赤】成功したパス、【青】失敗したパス
前半のアーセナルのパスは、合計で208本(うち成功は167本)。※手元の集計ベース
自陣後方(図の下側)からのパスは明らかに左サイド方向が多い。ペナルティーエリア内中央のレノのパスと思われるソナーを見るとそれが特に一目瞭然だろう。
GKやDFラインからのパスと思われる位置でこれほどまでに左サイド方向が多いということは、左サイドからの前進をチームとして意図的に狙っていたと考えられる。
さらにミドルゾーンの左サイド寄りの位置でも左前方方向のパスが多く、左サイドのライン際を使って前進しようとしていたことが読み取れる。実際、オーバメヤンがサイド際に開いてパスを受けたり、コラシナツが上がった際にはコラシナツがサイド際でパスを受けるシーンが前半は特に目立っていた。
そして、敵陣内の中央から右サイドは明らかにパスが少なく、少ない中でも後方に戻すパスや失敗したパスが目立っている。これはやはり、トレイラらを中心とした右サイドでの選手たちの距離感やポジショニングが悪かったことを表しているのではないだろうか。
中盤3枚の62分以降のポジショニング
後半に入るとアーセナルが押し込む時間帯が増えたが、特に大きな変化の要因となったと考えられるのは選手交代。
62分にトレイラに代わってセバージョスが入り、セバージョスは3センターの左、ゲンドゥージが右に移ることに。
トップ下でもプレーでき、キープ力と推進力が持ち味であるセバージョスは、トレイラとは明らかに異なる特徴で試合に変化を与えた。
62分以降のアーセナルの中盤3人のポジショニング
中盤3人の立ち位置は、代わって入ったセバージョスが前目になり、右に映ったゲンドゥージは左のときほどサイド際に寄らないポジショニングに。
ボールを持って運べる選手がゲンドゥージとセバージョスの2人になったことで、両SBも高い位置を取りやすくなり、より全体で押し込む形を作れるように。そしてこれによりスパーズも4-4-2ではなく4-5-1でブロックを作るようになり、スパーズのカウンターがチャンスにつながりにくくなる。
ゲンドゥージは右に移ってからも攻守に貢献し、特に70分台にセカンドボール回収とパスカットを合わせて3回も見せ、勝ち越しを目指すチームを引っ張った。
アーセナルの後半のパスソナー
アーセナルの後半のパスソナー
【赤】成功したパス、【青】失敗したパス
後半のアーセナルのパスは、合計で252本(うち成功は230本)。※手元の集計ベース
前半とは変わり、右サイドでのパスが増えているのが顕著に表れている。特に自陣後方からのパスが両サイド均等になっている点が変化としてわかるだろう。
アーセナルの前半・後半のパスソナーの比較
【赤】成功したパス、【青】失敗したパス
前半と後半のパスソナーを並べて見てみると、より変化がわかりやすいだろう。
後半にミドルゾーンで右サイドが多くなっているものの、ファイナルサードでは右サイドのみならず左サイドも使えており、さらにペナルティーエリア手前も使えている。
まんべんなく両サイドおよび中央を使えたことで押し込むことに成功したと思われる。
特にゲンドゥージが右サイドに映ったことで右サイドでのテンポと距離感の良いパス交換が成り立ち、さらにゲンドゥージやジャカから左サイド奥への中長距離のパスも出せるようになり、両サイドが機能するようになった。
前半の左サイドからの攻撃はエメリの狙いであったのかもしれないが、トレイラのポジショニングと役割については疑問が残る形となった。
【おまけ】パスソナー図はどれほど有効なの?
このレビューではパスソナー図を使って試合の傾向を把握することを試みてみたが、このパスソナー図は試合を解釈するうえでどれほど有効なものだろうか。
例えば、Arsenal公式サイトではOptaの提供する「CHALKBOARD」という機能が参照できるため、すべてのパスの詳細を図示したものを確認することができる。(パスの長さ、パスの出し手、成功・失敗まで含む)
「パスソナー」と「パス詳細図」の比較
「パス詳細図」の引用元:Arsenal公式
見比べてみると確かに、「パス詳細図」のほうでもパスの多いエリアやその方向を読み取ることは可能である。ただし、横に「パスソナー図」を置いているからこそ読み取れるようにも感じられる。
そして、この2つの図はいずれも後半のみのパスが対象であるため、フルタイムの「パス詳細図」はこれの倍の細かさ・複雑さとなる。
そう考えると、ある程度のエリアで分割し、かつパスの方向と頻度にフォーカスしている「パスソナー図」は傾向を捉えるのに非常に有効であると思う。
そもそも、「パス詳細図」を出すための【CHALKBOARD】は現時点では一部の海外クラブでしか出力できないはずである。(whoscoredにも機能はあるが、パスのレンジ(始点から終点)は図示されない)
なので労力はかかるものの、「パスソナー図」で試合の傾向を見てみるという行為はもっと広まっていくとおもしろいのではないだろうか。
【参考】パスソナー図作成をサポートするこんなアプリまで登場しています。
footballistaの分析回 https://t.co/CK1qaVuoTS と、この記事https://t.co/IXXbBZJStI に感化されてパスソナー作成アプリを作ったので、今日の試合から試してみる。https://t.co/supOawMoaX
— ▲ (@jun_kanomata) September 8, 2019
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